ショッカーラヴァー虎の穴

【用語説明】 ※ショッカー…髪型がショートカットの可愛い女の子。  ※ショッカーラヴァー…ショッカーを愛する熱い漢。(男ではなくて漢。)

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はい、高3。
高3の頃は取り立てておもしろいことがなかった。
周りは皆受験一色だった中、受験勉強をまったくせずに浪人しちまったくらいか。
そういやコミケにはじめて企業参加したのがこの時期だったね。
あと、文化祭の模擬店用に描いたポスターが一部の下級生オタクの中で高値で取引されたらしい。
それから記憶に残っているおもろいことといえば、
U高校ちゃんねるの「うざい奴スレ」でクラスメイトを名指しで書いたら、
何と一週間後それがリアルで話題になっていた。
パソコンなんてまったくできないような集団の奴らだったから、正直びびったね。
で、よくよく見たらパソコンで見てないんですよ。携帯で見とるんですわ。
で、やっぱりそんな奴らはネットの常識を知らないみたいで、
板のことをサイト、スレのことを掲示板、と勘違いしていた。
そんな頭の弱い奴らだから「絶対犯人見つけて殺したる!」と意気込んで
パソコンにそれなりに詳しい俺達のグループに近寄ってきて
「おい!この掲示板作った奴誰やねん!」と、凄んで聞いてきた。
当時、テンパっていた俺は正直怖かったが(ケンカになったら負けないが。)
一応ちゃんと対応してあげたのですよ。しかし、前述の通り
スレと掲示板、サイトと板。その認識に違いがあるからどうも話がかみ合わない。
とにかく、そのグループは事の犯人に真剣に犯人捜査の手を借りようとしていたと。
今思うと滑稽。
そういや奴らは携帯で見ていたから、意気込んで脅しのレスをガンガン書き込んでるのに対して
煽りでAAが書かれても正常に見れないという罠。そしたらそれで
「この謎の文字列は何だ!」
と、真剣に悩んで俺に聞きに来るのですよ。これはおもろかった。
この事件が起こったのが卒業の一ヶ月前。事件は解決されず、うやむやのまま晴れて卒業となりました。
ところで、奴らが書き込んだ脅し文句の中に
「この掲示板作った奴出て来いや!このサイトもすぐ閉鎖!俺の友達けなした奴全員土下座しに来いや!」
というのがあったんだが(けなしてあやまる対象が自分の友達限定ってところがいかにも低脳。
筋を通すなら自分の友達に限らず、過去にその板で人をけなしたことがある奴全員を対象に
するべきだったな。で、それを書いたらまた逆ギレですよ。藁)
このレスがついた数日後にサーバーダウンか何かでリアルに板が消えるという事件が起こった。
既に管理人不在のU宮ちゃんねるは二度と復旧することはなかった。
しかし、タイミングがタイミングだけに管理人が奴らの脅しに屈したみたいでなんか悔しい。
で、それを見て奴らは……板が消えたことにすら気づきやしねぇ。
また真剣な顔して俺に「おい!アクセスでけへんぞ!どうなってんねん!」
と聞いてきた。消えたというのもシャクだから
「あまりにも悪さしすぎたからアク禁食らったんちゃうか。」
と返してあげました。
高3のときの思い出はこんなもんか。
あ、あと些細なこととして、インターハイ出場をあわやというところで逃してしまいました。
それと柔道弐段とったのがこの次期。
こんなもん。

次回は割りと輝いていた浪人時代をお送りします。
さぁ始まりました、激動の高2。
折りしもこの時代はバスジャックやら何やらで17歳が兎に角騒がれていた時期でした。
そのんな時期に俺も17歳を迎えるとは何かの運命。きっと運命。

この高2期を語るにおいてもっとも重要なアイテムがCD-Rドライブ。
当時未成年だった俺は当然のようにお年玉をもらえるわけですよ。
そのお年玉で(1年の正月のな。)買ったのがCDRドライブ。I・Oデータの4倍速外付けで38000円だったか。
今だとなんだこりゃって性能と価格だが、当時としてはこんなもんだった。
で、俺はこのCD-Rを使ってゲームをコピーしまくったのだよ。
とにかくコピーに次ぐコピー。エロゲーばっかりコピー。
終いにはワレズで落としてきてコピー。
むしろ一時期「趣味はワレズ」状態だったわけですよ。
なんで高2の俺がワレズなんてもんを知ってるかというと、
学校での成績不振を嘆いた親が雇った家庭教師がとんでもない家庭教師で、
某国立大学の情報学部だったんですよ。まぁそれはいいとして、
最初の授業でパソコンを見て言った言葉が
「われずとかせえへんの?」
ですよ。ナンダコイツ。まぁ、そいつに色々教えてもらってPCスキルを
身につけたわけですが。今の俺のPCスキル(といっても大したもんではないが)は
この家庭教師が基礎を教えてくれました。
で、そのカテキョに教えてもらったワレズの基礎を応用して、落としまくり、
CDRに焼き、結果的にエロゲーばっかり1000本くらい所有していたのですよ。
しばらくして、それを売り始めたのさ。最初は仲間内のみの販売だったが
最終的には高校5校くらいの意外と大きい販売網を形成できた。
それでン十万稼いだかな。しかしあまりにも規模がデカクなってきたため
色々と感づかれ始め、危うく警察のお世話になりそうになったので
販売縮小しましたとさ。再び仲間内にのみの販売に戻ったのですよ。
この時期はアツかったねぇ。ほんとに。
真剣に部活もしてたし、コミケにも行った。
そうそう、コミケに初参加したのが高2の夏コミなんよ。
友達連れてな、何の計画もたてずにいきあたりばったりで。
まぁホテルの予約くらいはしたが。
んでまぁ東京行ってコミケで同人誌買いまくって、
企業ブースの知り合いのとこいって、ちょっとだけ手伝ってみたりして。
いい思い出です。行き当たりばったりで旅はできるということを学んだね。
ちなみにはじめての同人イベント参加は中3のときです。
まぁこんな感じで高2の時は割りとアツかった。
今でも親交の深い友達と出合ったのもこの時期だし、
何より一番どっぷりエロゲオタしてた時期だった。
勉強?んなもん全然してねぇよ。数学の学年末テストで0点とって
留年しかけたくらいだね。
(数学の教師、TJ先生が大嫌いで、授業をボイコットしてた。
ついでに言うと他の先生を含め、学校の全員がTJのことは嫌いだった。
だってキモイんだもん。だって生徒が騒ぎ出すと泣きそうな顔して生活指導室に駆け込むんだもん。
で、授業をボイコットしている流れでテストもボイコットしたのさ。
その先生は今この世に居ない。生徒や周りのイジメや反抗が起因する
ストレスのせいで脳の血管が破れて死んだらしい。
あいつらしい死に方だ。)

この「今までの俺シリーズ」(シリーズ!?)はかなり適当に書き殴っていて
読みにくいことこの上ないだろうけど、もうちょっと付き合ってくださいな。
さて、次回は受験戦争始まる!驚嘆の高3時代をお送りします!!
高1です。高校生になれば彼女の一人や二人できるだろうと夢みてました。
しかしそんな俺がバカでした。元来オタクなうえに行った高校は男子校。
彼女なんかできるわけねーよ。むしろオタ度が強くなったね。

さて、柔道の推薦で高校に入った俺ですが、純粋なスポーツ推薦ではなかったため
柔道部に入らずにしばらく帰宅部。しかし何かクラブに入った方がいいだろうってことで
楽そうな放送部に入部。この時分、昼の放送はエロゲーの歌ばっか流してたな。
で、初めて同人イベントにサークル参加したのがこの時代。
当時赤松健の「AIが止まらない!」ってのにハマってて、その健全本出した。
しかし絵が下手なので当然売れないわけですよ。
でも、作っている過程と、それを並べて売っているだけで楽しかった。
今に至るまで本当に楽しいと思ったのはこのときに出した一番最初の同人誌だけ。
今より絵は確かに下手だが、一番愛が篭っていて、今読み返してみて
唯一観賞に耐える出来なのが一番最初の同人誌。あの時代は輝いていた。
あの、輝ける時代を取り戻したくて俺はげんしけんに入ったのさ…。
それはさておき、そんなこんなしているうちに、太ってきたのさ。
一応地元の道場で柔道は続けていたが、やっぱり絶対的に運動量が足りない。
そこで何か体育会系のクラブに入ろうと思ったわけですよ。
しかし柔道部には今更行けないから何か別のクラブ。
更にやるからにはレギュラー取りたいから推薦組が居ないクラブ…と、
消去法で残ったのがフェンシング。思い立ったが吉日てっことで
即日入部してきました。不純な動機で始めた競技だが、部活でやってる期間が
一番ながいのがコレという因果な関係。
ところで、さっき地元の道場で柔道やってたって話しをしたが、その道場で会った人が
俺に夢を与えてくれたんですよ。その人の仕事とは広告代理店の営業。
主にエロゲーの会社を対象に仕事をしてはる人。
当時の俺はエロゲオタだったのですごいテンション上がったのを記憶している。
しかもその人、レスリングで国体3位という凄い人だった。
仕事内容もそれなりにわかるし、柔道という体育会系の共通点もあったから
すぐに意気投合。今では俺のあこがれの人です。で、今のオタッキーなコネ、
具体的にはコミケの企業ブースでバイトしたり、キャラフェスのブースを
一人で仕切らせてもらえたり、プロの作家を使って同人誌を作ったり。
そういうコネは全部その人から発展させてもらった。
高1は俺にとってまさに激変の時代。柔道部に入部しなかったのが激変の要因。
今でも俺は高校の柔道部に入部しなくてよかったと思っている。
当然、顧問の先生を始め、高校に推薦してくれた中学時代の道場の先生や
中学の担任の先生、その他諸々、たくさんの人を裏切ってしまった事実は
ぬぐえない事実ではあるが、その裏切り者の看板を背負ってでも
柔道部に入らなくてよかったと思っているんですよ。
だって、柔道部に入らなかったから地元の道場に行き、
そこで夢を得られたんだから。
でもそれでも時々辛くなる。実際ウチの大学の柔道部にU高校柔道部が居てねぇ。
随分いびられとるんですわ。
でもまぁいっぱい裏切ってしまったからその分ビッグな人間にならんと
裏切った人たちに申し訳ないわな。ってことで俺はオタク界の帝王になる。
そう誓ったのもこの時代。
今初めて明かすが、俺は将来オタク界の帝王になる男です。
こんな人材を抱えられるピン大げんしけんは身に余る光栄だと思います。
おいメンバー諸君、俺を見ろ。俺の将来を見ておけ。
俺と友達でよかったと思わせてやる。


かなり取り乱したが、今日はこの辺でお別れです。
次回は初めてのコミケ一般参加を果たしたり
危うく少年院行きになりかけた高2の時代をお送りしたいと思います。
試合いってたから更新でけへんかった。まぁまだまだ試合は続くわけですが。
試合は今のところ全敗。もうね、M本がアホみたいな点差で負けて帰ってきやがるから・・・。

てなわけで中3。
中3の時代は暗黒時代。俺の中学校は基本的に高校にはエスカレーター形式であがれるはずなんだが、
むちゃくちゃ成績の悪い奴に限っては上がれない。毎年160人中3人くらいが落とされてるのかな?
で、その3人に入っちまったんだよ。俺が。それもこれも全てセガサターンのせい。
てなわけで仕方がないから受験勉強したさ。
そして半年に及ぶ(半年ごとき…)温い受験勉強の結果、U宮高校に合格しました!!
そしてその合格祝いに買ってもらったのがパソコン。
今は亡きCOMPAQ社のPRESARIO5240ですよ。当時としては凄い性能だったんよ。
そしてそのパソコンでオタクがやることといえば決まってる罠、エロゲーだよ。
最初にやるエロゲーは中2のときから決めていた。
Natural?身も心も?(スペル合ってる?)ですよ。コレがはまったねぇ
鬼門だねぇ。これで益々女にキモがられてしもたねぇ。
で、このエロゲーとの出会いが今の俺にかなり影響しているわけですよ。
ちなみに初めてWebサイトを作ったのもこの時期。
当時のサイト、残っているかなと思って検索してみたら…残ってました。
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Keyaki/4872/
もうIndex.htmlしか残ってないけど、こんなんを作った。
このサイト作りを通してPCスキル学んだねぇ。
しかし本格的にパソコンを使い倒し始めるのは高校入ってから。
高校の話しはまた次回。

ところで、俺は高校にエスカレーターできなかったときに周りに言った言い訳が「U高校に柔道をしにいく。」でした。実際U高校からスポーツ推薦の話しもきていたし、俺が柔道好きなのと、大会成績も良かったのは周知の事実だったので非常に信憑性のある話し。どうやら未だにその話しを信じている人もいるっぽい。しかし俺は高校で柔道をやらなかった。しかし今でも高校で柔道はやらなくてよかったと思っている。だって、そのことで夢を得ることができたから。
では中2の話し。
中2なんだが、実は俺、14歳の頃の記憶が殆どない。確か絵を描き始めたのが中2の頃だったはず。なんで絵描きはじめたかってーと、柔道部の友達に絵が上手い奴がいて、そいつの絵を見て感銘を受けたからだったと思う。そいつは絵が上手い以上に漫画が上手く、コマ割とかストーリーづくりとかがもうメチャクチャ上手かった。ただ、基本的にオタじゃない奴だから描いてる漫画の内容は身内ウケのネタだった。でもこれがまたおもしろいんだ。ホント、大爆笑しちまった。とまぁこんな感じで絵を描くようになりました。ちなみに同人誌をはじめて見たのがこの時代。アンソロ系の本は中1時点で見てたけど、本物の薄いのに高いあの同人誌を読んだのは中2がはじめて。んで更に、ここらへんでサクラ大戦が発売されて、輪をかけて勉強しなくなったんだったか。俺がどれくらい勉強しなかったかというと、地理の授業で「アメリカ」を「アメリア」と書いてしまったり(スレイヤーズかよ・・) オーストラリアの地図を見せられて「この国の名前を答えよ」という問題で迷うことなく「四国」と書いてしまい、後で笑い泣きをしてしまったくらい。
とまぁ、中2のおもしろい、オタっぽい記憶はほとんどないが、その後のオタ人生の地盤をしっかりと育んだ時代だったはず。
ちなみに柔道で初段(黒帯)を取ったのがこの時期。
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